松元ヒロ*2主演の映画「テレビで会えない芸人」を視にポレポレ東中野*3まででかけた。鹿児島テレビが制作したドキュメンタリー番組の映画化で、監督もプロデューサーもテレビ局の社員である。TBSやフジテレビも協力に名を連ねている。
松元ヒロが笑いのネタにするはいつでも強者である。けっして弱者を笑いのネタにはしない。強者が弱者を笑ったら、弱者に代わって強者を笑ってやるとヒロは言う。
チャップリン*4に憧れてこの道を選んだ。チャップリンもまた強者を笑いものにし、弱者に寄り添った。映画「街の灯」で盲目の花売り娘のために奮闘し、「モダンタイムズ」で失業して絶望する少女を励まし、「ライムライト」で足がマヒしたバレリーナを勇気づ け、「独裁者」では全盛期のヒットラーを辛辣に風刺した。幼いころから寄席芸人として舞台に立ち、フレッドカルノ一座の旅芸人として、ヨーロッパ各地を巡業したチャップリンは、大衆が何を望んでいるかを熟知していた。
映画の冒頭、渋谷駅の雑踏で、ヒロは目の不自由な女性に声をかけ、やさしくエスコートする。まるで「街の灯」のオマージュのようだ。カメラはその様子をしっかりと追い、シーンは二人が別れるまで続く。自然な会話と笑顔に聴衆も思わず微笑んでしまう。映画の後半で登場するヒロの母校の恩師が見せる笑顔もよかった。
ヒロの芸はけっして攻撃的ではない。ヒロはいつもにこやかだ。たとえ怒鳴り込まれても笑顔で応対する、そうすれば相手も笑顔にならざるをえないからだとヒロは言う。
同じように社会問題や政治ネタを取り上げるウーマンラッシュアワーの村本*5との違いはここにある。村本も弱者の立場に立った心優しい人物であることに疑いない。しかしその芸は攻撃的で緊張感に満ちており、ヒロとは対照的である。村本は闘争心をむき出しにするが、ヒロはけっして表情に出さない。
共通するのは芸に対する強い信念である。主張には一貫性があり、けっして妥協しない。若い村本には、玉砕してしまいそうな危うさを感じるが、老練なヒロには、しなってもけっして折れない強さを感じる。
平日の午前中にもかかわらず客席のほぼ半分は埋まっていた。7〜8割は高齢者である。上映中はそこかしこで笑い声があがる。終演後には拍手が起きた。
松元ヒロがテレビ解禁になる日は来るのだろうか。永遠に来ないとは思わない。ただ、
時間はかかりそうである。とりあえずは今流行りのネットフリックス(Netflix)*6かアマゾンプライム(Amazon Prime)*7あるいはフールー(Hulu)*8に期待することにしよう。
*1テレビで会えない芸人
立川談志や永六輔、井上ひさしらに愛された芸人・松元ヒロの生き方、彼の笑いの哲学から現代社会を映し出したドキュメンタリー。2020年5月に鹿児島でのローカル放送後、全国で放送され、日本民間放送連盟賞最優秀賞などさまざまな放送賞を受賞した同名ドキュメンタリー番組に追加撮影と再編集を加え、劇場公開。かつて社会風刺コント集団「ザ・ニュースペーパー」のメンバーとして人気を博した芸人・松元ヒロ。90年代末、舞台に活動の主戦場を移した彼は、政治や社会問題を題材にしたスタンダップコミックで人気を博す。日本国憲法を人間に見立て、20年以上語り続ける松元の代表作「憲法くん」は渡辺美佐子主演で映画化もされた。なぜ、松元ヒロはテレビから去ったのか。テレビで会えない芸人の生き方を選択した松元ヒロの笑いの哲学から、モノ言えぬ社会の素顔を浮かび上がらせる。監督は鹿児島テレビのディレクター、四元良隆と牧祐樹。2021年製作/81分/日本 配給:東風(映画.comより)。
*2松元ヒロ(まつもとヒロ、1952年10月19日 - )は、鹿児島県出身のピン芸人。血液型はA型。鹿児島実業高等学校、法政大学法学部政治学科を卒業後、パントマイマーとなり全国を巡業。その後ばんきんや、石倉チョッキとコミックバンド「笑パーティー」を結成、ベーシストとして活動。『お笑いスター誕生!!』(日本テレビ)に出場し、第4回オープントーナメントサバイバルシリーズで優勝した。解散後はコントグループ「ザ・ニュースペーパー」の結成に参加。1998年11月に独立し、ピン芸人になる(Wikipediaより)。
*3ポレポレ東中野 東中野駅のすぐ近くにある中野区唯一の映画館。収容人員は102席。
公式サイトポレポレ東中野:オフィシャルサイト > pole2.co.jp
*4チャップリン [1889〜1977]英国生まれの映画俳優・監督。渡米して皮肉と哀愁とを盛り込んだ多くの喜劇を自作自演し、世界的名声を獲得。作「黄金狂時代」「街の灯」「モダン‐タイムス」「ライムライト」など(小学館デジタル大辞泉より)。
*5ウーマンラッシュアワーの村本 村本 大輔(むらもと だいすけ、1980年11月25日 - )は、日本のお笑い芸人、スタンダップコメディアン。お笑いコンビ、ウーマンラッシュアワーの主にボケ担当。相方は中川パラダイス。また、ドラマや映画などで俳優としても活動(Wikipediaより)。
*6ネットフリックス(Netflix) 米国の大手動画配信事業者。また、同社の配信サービスの名称。1998年にオンラインDVDレンタルサービスを開始、2007年よりストリーミング配信サービスに移行。2014年にはH.265(HEVC)コーデックを用いたブルーレイディスクまたは4K相当の超高画質の映像配信を行っている。2015年より日本でもサービス開始。ネトフリ(小学館/デジタル大辞泉より)。
*7アマゾン‐プライム(Amazon Prime)
アマゾンドットコム社が提供する有料会員サービス。オンラインショッピングで各種特典が受けられるほか、ビデオ(動画配信)・ミュージック(音楽配信)・リーディング(電子書籍)などのコンテンツが利用できる(小学館/デジタル大辞泉より)。
*8フールー(Hulu)《「フル」とも》米国の動画配信サービス。広告収入で運営され、NBC・FOX・ABCをはじめとする放送・映画会社が提供するテレビ番組や映画、プロモーションビデオなどを無料で配信している。2008年3月に米国でサービス開始。2011年8月末より日本向けのサービスが始まり、インターネット接続対応の一部のテレビおよびスマートホンなどで視聴可能となった(小学館/デジタル大辞泉より)。
▲ 当日のパンフレットより
都内寄席ガイド
鈴本演芸場(上野)http://www.rakugo.or.jp/
浅草演芸ホール(浅草)http://www.asakusaengei.com/
新宿末廣亭(新宿三丁目)http://www.suehirotei.com/
池袋演芸場(池袋)http://www.ike-en.com/
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