豊島区内最古の構造物である雑司ヶ谷の鬼子母神堂は寛文年間(1661~72)頃から、
子授け・安産、子育ての信仰を集めるようになり参詣者が急増。
病身の子には、鬼子母神から草履を預かって来て、
お草履取りにすると誓うと、息災に成長するという信仰が流行。
御礼には 新しい草履を額にして奉納した。
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神田川界隈物語>~鬼子母神のはじまり 「鬼」の字にツノがない理由とは?~
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大正12年9月1日の関東大震災の損害や時代は乾板からフィルムに徐々に移行。
軽くて、携帯が出来るロールフィルムの需要が高まっていき、東洋乾板は
富士写真フィルム(株)に合併吸収され昭和22年に閉鎖されるまで、富士写真フィルム雑司ヶ谷工場として稼働。
*詳細>神田川界隈物語 雑司ヶ谷物語~③日本写真発展史
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江戸と雨具の関係で有名人は太田道灌(どうかん)。 落語「道灌」はその逸話を元ネタにした噺(はなし)。
江戸では唐傘は貴重品で、1800年頃から幕末近くなると、唐傘は江戸中に滲透し、江戸庶民の雨具となり、客に貸し出された番傘は、雨の日には動く広告塔にもなっていた。
*詳細>江戸言葉 月ごよみ 六月「梅雨と番傘」
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野暮の反対が「通」で数種あり。
「小通」になれなくても「普通」になりたいか !?
*詳細>江戸言葉 月ごよみ「野暮と通」
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乾板製造に成功するものの 関東大震災による大損害
*詳細>神田川界隈物語「雑司ヶ谷物語~➁日本写真発展史」
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知識も情報もお金もそして遊びも、すべて下町に集まっていた。
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十返舎一九のコミック本(『続膝栗毛』)の付録は江戸吉原の遊女たちのブロマイド
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詳細は~江戸ことば月ごよみ 「藤の花と銭の花」
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