豊島区の水と土から生まれた焼き物「竹本焼」。
三代の栄枯盛衰記
*詳細は>神田川界隈物語 雑司ヶ谷物語〜隼太から三代目・皐一へ 竹本焼の終焉
http://www.edoshitamachi.com/modules/tinyd6/index.php?id=23
徳川幕府が開かれて213年、明治維新の52年前の文化13年(1816年)に書かれた「世事見聞録。町人文化全盛の時代に、なぜ国家が衰退していると著者が考えたのかについて考察する。
*詳細は>「江戸十万日 月日の鼠」第十七回 「花を咲かせるやうに見えて根本は衰ふるなり」
http://www.edoshitamachi.com/web/fuyugaki/
親しかった人などに無愛想で相手にされなかったりすると、「にべもない」態度だったと今日でも言うが、この「にべ」というのは、「ニベ」という魚のことである。
漢字では「鮸」とも「鮸膠・鰾膠」とも書く。
*詳細は>コラム 江戸言葉 月ごよみ 「「にべもない」
http://www.edoshitamachi.com/modules/tinyd11/
旧暦では7月、8月、9月が秋の季節ということで、真ん中の8月の月であることから仲秋(中秋)の名月と呼びならわした。
旧暦の9月13夜の月も名月と呼ぶ。これは別名「栗名月」。とれた栗を月に供える風習が江戸時代からあり、それに対して仲秋の名月は別名「芋(いも)名月」
*詳細>コラム 江戸言葉 月ごよみ 「名月」
http://www.edoshitamachi.com/modules/tinyd11/index.php?id=10
高田1丁目の坂(日無坂)の途中西側あたりで、明治6年、ここに含翠園を再興した隼太は西欧の技術を積極的に導入する。
辰砂(赤色) や蕎麦釉など釉薬の開発にも力を注ぐ。その後国内外の博覧会で高い評価をえる。
*詳細>神田川界隈物語 雑司ヶ谷物語〜「豊島の土」を美術品として海外へ送り出した竹本隼太
http://www.edoshitamachi.com/modules/tinyd6/
「芝浜」の単なるオマージュや、パロディではない。むしろ「芝浜」を現代風にアレンジしたのが「芝カマ」である。
それは名演奏者が古典的な名曲を大胆にアレンジ(編曲)して、原曲にはなかった新しい価値を生み出すのに似ている
*「寄席à la carte(アラカルト)」「柳家喬太郎の『芝カマ』で考えたこと」
http://www.edoshitamachi.com/modules/tinyd8/
江戸の戯作者(げさくしゃ)十返舎一九(じっぺんしゃいっく) のベストセラー『東海道中膝栗毛(とうかいどうちゅうひざくりげ)』に登場する主人公、弥次郎兵衛(やじろべえ)・北八のこと。「弥次さん・北さん」という言葉は、この作品が生まれてから200年も生きている。
*詳細>コラム 江戸言葉 月ごよみ 「弥次さん北さん 」
http://www.edoshitamachi.com/modules/tinyd11/index.php?id=10
川柳ご愛好家の皆様へ !『誹風柳多留』の篇数刊行年を中心に纏めました。
*詳細>http://www.edoshitamachi.com/modules/tinyd8/PDF/nenpyo20210801.pdf
井戸から汲んだ冷や水に砂糖を入れて甘くして売っていた水売り商売。
砂糖増しを注文すると、特別に椀が陶器でなく金属製(錫茶碗)でサービス。
古川柳にみる水売(冷や水売)
「水売りの 一つか二つ 錫茶碗」 (『誹風柳多留』3編)
「そこが江戸水一ぱいを波でのみ (『誹風柳多留』70編)
*波=四文銭。通称波銭で明和5年の新鋳)
「としよりの冷や水うりハはやらない」 (『誹風柳多留』30編)
「月かげや夜も水売る日本橋」 一茶
*詳細>コラム 江戸言葉 月ごよみ 「年寄の冷や水」
http://www.edoshitamachi.com/modules/tinyd11/
江戸時代、米の価格が高騰(こうとう) するなどの原因で生活が困窮、 町人が大商人や米屋などを襲う 「打ちこわし」が発生。
打ちこわしの直接の目的は米の強奪でなく, 買い占め米を商売で使用不可能にし、買い占めをおこなった店に対して制裁を加えることにあった。
天明2年の大飢饉、天明3年の浅間山大噴火、天明6年の関東地方大雨大洪水などで米価が高騰、天明7年5月20日に起きた打毀は、全国的に広がった。
*詳細>「江戸十万日 月日の鼠」 第十六回 「支配層の心は、神や宗教から離れ、現世にのみ向かった」
http://www.edoshitamachi.com/web/fuyugaki/